星降る夜にあの薔薇園で

アンチではないです。評論家気取りなこともあるかもしれません。読まない方がいいです。

ジャニーズ伝説2017

ABC座2017ジャニーズ伝説お疲れ様でした!
まずは大きな事故なく終えられたこと
本当に安心しました。

それにしても、いまだかつてこんなにも分かりやすい構成のジャニー喜多川演出作品があったでしょうか!?再々演ということもあるけど、ジャニーさんが入れたかったであろう史実らしきところはエピソードとして残しつつ、説明的なところはジャニーさんがストーリーテラーになることでうまく省いてて分かりやすい。「(初代)ジャニーズ」についての舞台から、「ジャニーズ事務所の歴史」に重心を変えたのがよかったのかな。綺麗にまとまりすぎて上演時間ちょっと短くなっちゃったけど(笑)

旗揚げ星劇場のときから単なる恒例の舞台というだけでなく「ABC座」という一つのプロジェクト、劇団として活動してきて、社長以外の人の手が入るようになってからは単なる事務所仕事の枠を超えて劇団然として来たと思うし、外部の舞台出演も増える中で、俳優集団としてのA.B.C-Zの活動をさらに外部にアピールする場にしてほしかったし、正直ジャニーズ伝説の再演って乗り気じゃなかった。でもサンズオブマッシュルーム、応援屋を経てABC座が単なる事務所主催舞台以上の価値を持った今だからこそ、ジャニーズ伝説を本当の意味で完成させられたと感じた。ストーリーがわかりやすくなったこともあるけど、前回まで内部舞台として敢えて入れていたであろうソロのシーンなどは潔くカットして、ひとつの舞台として誰が見ても分かりやすく、舞台として引き込まれる作品になっていたと思う。

アメリカから帰って来たジャニーズが周りから思うように評価されなかったこと、A.B.C-Zにも通じるところがあると思うと余計に感じるところがあったな…。パフォーマンスを突き詰める程に、アイドルとしての立場とつじつまが合わなくなっていく。ウエストサイドストーリーに触発されて世界レベルのパフォーマー目指したジャニーズは、アイドルや日本の歌手という肩書きからしたら異端だったし、そういうものって受け入れられないから。こんなに素晴らしい舞台を見せてくれたA.B.C-Zにも同じ葛藤があるなら悔しいことだけど、それでもA.B.C-Zにはアイドルとして「異端」であり、それでいてパフォーマーとして逃げ道がないくらいの直球ど真ん中の「王道」であり続けて欲しいと思いました。

5BOXからのテレワン、痺れたな〜!
5BOXはA.B.C-Zがアクロバットボーイズクラブの名をかけた本気のパフォーマンスで、すでにギリギリのところまでやってるのは明らかなのに、繋ぎなしであのダンスナンバー、テレパシーone two!5BOXで「これ以上の幸せってない!」っていう状態にさせられた上に、不敵な笑みで「これ以上」を見せつけられる、、あの瞬間まさにエクスタシーですよ。血が煮える程の感動と高揚が劇場の中を駆け巡る、あの感覚がA.B.C-Zのファンをしていて最高に幸せです。

最後に、戸塚くん!
ジョーダンバットが鳴っている 書籍化
本当に本当におめでとうございます!
待ちに待った書籍化と、期間限定の
連載再開、A.B.C-Zの特集まで…!?
文芸誌が取り上げたくなるアイドル、
A.B.C-Zってやっぱりなんだか異端で、
そういう彼が私は堪らなく好きです。

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A.B.C-Zという新たな価値の創造

A.B.C-Z 5Stars 5Years Tourお疲れ様でしたー!久々のツアーらしいツアー、アリーナもホールも存分に楽しみました!ツアー期間を通して書きためていた所感ですので、文章としてまとまっていないところもありますが、個人的な備忘録としてブログに残します。

 

声が出てないってレポ多かったし、今までの経験でもえびコンってわりと声小さいイメージがあったけど全然!杞憂でした。歌って踊って声出して、こんなに出し切れるコンサートってないです。

確かにキャーよりフー!が多いし(笑)
歓声より拍手が先に出ちゃう時もあるし
時にはみんなしてペンライト振るのも忘れてパフォーマンスに見入ってる時もある。
でも、
いままでは他のグループ(とかJr.担)と比べて声が出てないとかって気にしてたけど、この5年間はA.B.C-Zという規格外な存在がアイドルの新たな価値を創造してきた5年間だったと思うし、ファンもそれに応えるように今日まで寄りそってきて、そしてこういう関係が作り上げられたんだなと感じられる空間でした。

去年は郁人の演出構成でジャニーズのコンサートの王道を行っていたので、その分声出てないのが気になったのもあるかな。今年は戸塚さんの演出構成ということで趣向が違ったし、わりとえび座のショータイムに近い魅せる時間も恐れず作ってたから、そういうところはこちらも遠慮なく見ることに集中できたところもあるかも。
コールや振り付けも当然やればやるほど浸透していくものだし、年々参加率が上がっていつの間にか定番になるんだよね。ずっらぶやトゥインクル見ててそう思ったよ。
特にざえびのコール、はじめはファミクラ主体で正直やらされ感しかなかったし、声を出すことに慣れてないえび担にはしっくりきてなかったと思うけど、5年目にしてあんな大合唱になったのうれしかったな〜!

 

WSで取り上げられた翌日の、A.B.C-Zイコールリカちゃんみたいなの、おれだって悔しいよっていう、塚ちゃんの言葉。みんなわりと和やかにはなしてたなかだったから余計にこの言葉が際立ってて。
思えばテレビで地上波に出るときはいつも、あんなに場数踏んでる彼らが驚くぐらいに緊張してた。A.B.C-Zを1人でも多くの人に知って欲しいって、一回一回本当に必死なんだと思う。きっと今回の横アリもそう。WSのカメラやDVD収録だけでなく、今までお世話になった方々もたくさん見学に来ていたし、ロビーのお花だけでもデビュー5年目のユニットとは思えないそうそうたる方々から頂いていて。ファンへの気持ちはもちろんだけど、対外的アピールの場として全力で挑んでいたからああいう言葉が出たんだろうな。

郁人から僕たちを応援してると悔しい思いもすると思うけど、なんて挨拶もあったけど、やっぱり一番悔しい、次こそは、もっと、っていうA.B.C-Zの不屈の精神が彼らをここまで導いたんだなと感じました。

 

ホール公演、ものすごく声出てたー!A.B.C-Zのファンも本当は声出したいと思うんですよ。でもファン層とか、舞台育ちとか、性格的な特性とかそういった色々な理由で恥ずかしくて声が出せない(あるいは声援より拍手が美徳とされきた)。これはファンの怠慢だけじゃなくてA.B.C-Zとファンの共通の課題だと思う。ファンはもちろん一生懸命声出さなきゃダメだって思うけど、A.B.C-Zには煽りや選曲で声を出してもらえるように働きかけてほしい。今年はリカちゃんなりふみとソロのキャーポイントなりサポーターズなり、それぞれ声出してほしいのはここだよって分かりやすく提示されてたし、結果としてあそこまで声が出た訳だから、やっぱりA.B.C-Zとファンと互いの努力がうまく重なり合ってこそ結果の出ることだと思う。

 

会場の大きさだけが全てじゃない。これは逃げの言葉としてじゃなくて。今回の単独初横アリ本当に嬉しかったし、5スターシップをはじめとした大装置はA.B.C-Zの代名詞にもなりつつある。もっともっと大きい場所で、という夢もある。
でもツアー公演ができることもまた誇りなんですよ。人が集まんないからとか、そういうことじゃなくて。今回のアルバムのテーマでもあった「パフォーマンス集団A.B.C-Z」の真髄であるパフォーマンスを100%堪能するにはむしろ相応しい会場と思う。物理的に近いのはもちろんだけど、A.B.C-Zのまるでひとりひとひの目を見て、手を取るようなファンとの心理的距離感ともすごくマッチして、ファンもよく盛り上がってたなと思う。

 

A.B.C-Z、デビュー5周年、そして結成9周年本当におめでとうございます。大好きな、大好きなA.B.C-Zを、これからも、ZENSHIN ZENREIサポートしたい! 

 

5TAGE所感、覚え書き

5TAGE無事完走ということで、皆様お疲れ様でした〜!エモりたい人はとことん泣いて笑ってまた泣いてエモエモできる!とにかく楽しみたい人は歌って踊って声出して、その空間を思い切り楽しめる最高なコンサートだった〜!というわけで、以下タイトル通り個人的な所感や覚え書きです。

 

オープニング映像、単純に超カッコよくて好きなんですけど、いままでやってた王道の一人ひとり顔が出て\キャー!/のくだりがマリウス担としてはプレッシャーというか、コンプレックスというか…正直あんまり好きではなかったので、ここまでコンサートへの期待が高まる映像で心を煽ってもらえるなんてそれだけで幸せ。
5人のシルエットが階段を降りてくるシーン、あれは映像だけど、もっと大きい会場のセットをイメージさせませんか?もっというと、嵐のコンサートっぽい。シルエットで出てくるとか、ポップアップとか、超ジャニーズのコンサートっぽくてアガるよね!!いつか国立で階段使ったセット組んで欲しいな、なんてネ。

 

前後にソロがあってもあまりメンバーがステージからはけないのも風磨くんが意識的にした演出でしょうか…。Sexy生着替えはもちろんめちゃくちゃナイスアイディアなんですけど、風磨くんのソロも生着替えだし、聡ちゃんも健人くんも歌い終わりはジャケットを着替えるだけ。A.B.C-Zが2015年のえび座ショータイムで1度もはけないっていうのやってたけど、これはジャニーさん演出で、つまりメンバーができるだけはけない、暗転したりして飽きさせないっていうのは無意識としても超王道ジャニーズイズムってことです。
これはSexyZoneのこの演出を見てから思ったことだけど、櫻井さんはわりとこの意識がある人なのかなと。嵐のコンサートではソロの前後にその人がいないってあたりまえのこととして受け入れられているけど、櫻井さんはジャケットだけ変えてそのまま次の曲いったりしてたような、、確認した訳じゃないからどのコンサートでとか言われると困るけど。

ブロードウェイのネオンサインを思わせるセットを前に、マリウスのSexy漫談(笑)エトセトラ☆はとってもかわいかったし、横アリの魔法は本当に素敵だった!思うと、マリウスにソロも見せ場もないようなコンサートでもマリウスの英語の語り部分っていつもあった記憶。セクセカでも、あのたまアリすらオープ二ングはマリウスの英語じゃありませんでしたか?(映像持ってないから確認できませんが)マリウスの成長を感じられるうれしい場面であると同時に、グループのビジョンとして世界を見据えていて、パフォーマンスのアピールポイントとして取り入れているのかなとも思いました。

ダンケシェーンで会場がオレンジに染まるのを見て、思わず泣いてしまったんです。パライソを初めて聞いた時、会場が徐々に黄色のペンライトに染まって、みんなが息を飲むようにマリウスの声に聞き入っていたあの日を思い出して。いつか、マリウスのソロ曲でまたこんな景色が見られると思いました。そんなに遠くない未来だろうなとも思ってました。でもそこからマリウスはソロ曲はおろかソロパートももらえず、コンサートでマリウスが歌い出すとまわりがみんな座りだしたこともありました。悔しくて悔しくて仕方がなかった。格差云々とは別に最年少で経験も少ないマリウスにとっては通らねばならない試練だったのかもしれないけど、パライソのときのあの風景だけが遠い昔の記憶のようにこべりついていた。だからダンケシェーンでみんながオレンジ色のペンライトを振り、コールを楽しんでいる風景があまりにも感慨深くて、嗚呼、神様ありがとうございます、見ていてくださってありがとうございます、と思わざるを得ませんでした。いま、この世界にダンケシェーン!

Stageは正直好きな曲とは言えなくて、聞くことすらずっと避けていた曲でした。でも風磨くんの優しい声に促されて歌い出すファンの声になんだか泣けてしまって。「その声聞かせて」に応えるように「ありがとう、ただありがとう」を私たちに伝えさせてくれてうれしかったです。刺さった棘はきっと一生抜けないけど、例えばお薬をたくさん塗って、そしてなによりあまり触ったりしなければ(笑)たぶんそれでも前向きに生きていけるし、棘があると分かっていても新しい花が開けば私たちはまたその未知の美しさにかならず引き寄せられてしまうと思います。でっかく、そして他を寄せ付けないほどに妖しく華やかに、咲き乱れる薔薇であれ!

 

ウェルセクはこれまでに5人が置いてきたものや諦めてきたものを取り戻しにいくためのコンサートだったと思います。そして今回は5年間の思い出を振り返るためのコンサート。来年のコンサートはまた新しいアルバムを引っさげてのものになると思いますが、いい意味で「5人でやる」「過去の無念を晴らす」ということを全く意識せずにただ、とにかく最高にクールでポップなSexyZoneが見られるのかと思うといまから楽しみで仕方がありません!

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2017.5.6の話

この感じ久々だな〜(笑)でも、私はマリウス担として、SexyZoneファンとして、人として、風磨くんがファンに向けて伝えようとしてくれたことでムカついたり悲しくなったことって一度もないよ。あの頃、自由に使える言葉なんて数えるほどしかなかったかもしれない、そんな中でも風磨くんはいつも何かを言おうとしてくれた。私はまず単純にそれが嬉しかったよ。もちろん他の2人の態度もそれぞれのやさしさと強さだったと思ってるけど、誰も何も言ってくれないなんてそれこそやりきれなかった。今日の風磨くんの挨拶は2/3体制にもはっきり触れたし、この先何かを起こるみたいな言い方だったからそれも不安を煽る言い方だったけど、でもその言葉に悪意があったとは誰も思ってないでしょ?
私にとってSexyZoneはとても大切な存在だけど、風磨くんだって人生かけてSexyZoneやってるわけですよ。言い回しはさ?今がよければそれでいいじゃんって感じだったけどそれは、文脈とか行間というのか、間の取り方から考えて、ここまでに辛いことたくさんあったかもしれないけど、今SexyZoneこんなに最高でしょって、こんな最高の「今」を大切にしようって、そういうことでしょ?
話した内容を翻訳機の下手な英訳みたいにそのまま解釈するんじゃなくて、彼らが必死に伝えようとしてくれたことをちゃんと受け止めたいなって思う。
こんなにしつこくこの件に触れてくる人ですよ?あんなコンサート作る人がですよ?「その棘が刺さろうとも歩いてく」って歌ってる人がですよ?今がいいんだからそれでいいじゃんって思っている訳がないじゃない!?

 

健人くんは3人体制の時には黙して語らず、ただ目の前の仕事に打ち込む人だったから、こうして具体的にこのことに触れるのは勇気のいることだったんじゃないかと思うし、それを受けての風磨くんの挨拶も、どうかみんなにあまり悪く言われないといいなって、思いました。風磨担かよ(笑)いや、マリウス担だからこそなのかな?

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Defiled

舞台の感想については月並みなことしか言えないので割愛しますが。私は戦争映画とか自担が病死するような話は自担が主演でも見ないくらい苦手で、しかも最近はずっとジャニーズ舞台に浸かっていたので、あんなにも後味の悪い舞台と分かっていたらきっと観にも行かなかっただろうなと。そこはさすがのA.B.C-Z担、ツイッターで核心に触れるようなネタバレツイートは避けなくも誰も書いてなかった!なので観てしまいました(笑)観に行ったこと自体にもちろん後悔はありませんけどネ…。

ハリーが初志貫徹で図書館もろとも爆破されたとしても、ブライアンとの会話の中で妥協点を見つけてハリーが救われたしても、私の中でスッキリしたと思うんですよ。爆破スイッチが起動しなくて「なにがテクノロジーだよ」って、それでハリーが死なないのならホッとすらしたと思うんですよ。でも、彼が神聖なものを守るために賭けた命は何に報われることもなく

ただ死んでいく。あの彼の死に方はどこまでも無意味だったというところがやりきれず、後味が悪いです。

 

A.B.C-Zファンの中では常に語られるテーマで、写真集の売り上げなど見てもやはり話題に上がるのは「A.B.C-Zに売れてほしい」ということなのですけど、私たちファンと、A.B.C-Z本人との中で、「売れる」って具体的にどこに向かっているだろうと疑問に思うんです。このような素晴らしい舞台のお仕事をいただけた機会なので尚更。

ドラマやバラエティにたくさん出演していてテレビよく見る人気者、というアイドルとしてのひとつの正解が出来上がった世の中で、A.B.C-Zが例えばデビュー組でありながら舞台で活躍する人たちとして認められることが、ファンの数は少なくてもパフォーマンスを認められて着実にお仕事を頂けている現状が、所謂「売れる」ことの代償として否定されなくてはならないのだとしたら、私の思うA.B.C-Zの神聖さは今まさにディファイルドされようとしているように感じます。

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