作間くんの演じたたとえの佇まいはまさにでくのぼう。猫背だけど、肩を丸めて自信なさげに小さくなっているのとは違う、妙な存在感。まさにでくのぼうのように立っている、冒頭の保健室でのシーンが印象的でした。
でも映画で観たたとえの印象は、「地味で目立たない」とは言うものの地味すぎて浮いてしまうと言うこともなく、それなりに周りに合わせて、学校行事も参加して、異性とも表面上は親しげに話したりできるし、勉強教えてもらってた女の子もきっとたとえが好きだったように見えて。
そのあと原作を読んだら、たとえって本当はもっと地味で、まわりからみたらなんでもない男子なのだろうと思ったけど、作間くんが演じることで愛からの目線、教室で静かに、しかし浮かび上がるように存在感を放つたとえが表現されているようでもあってよかったです。口調は原作の方が強く男性的な話し方だったので、そこはインタビューでも話していたように作間くんの性格や考え方を反映させてあるのだろうというのも感じられました。
父親とのシーン、まずはなによりあのビジュアル…!俳優、作間龍斗ここに在りっていうシーンだった気がします。演技のお仕事経験は多くないはずなのに、作間龍斗の十八番みたいな雰囲気すらありました。
作間くんもかまぼこの切り方がとにかく怖くて、って言ってたけどあの状況で出されたかまぼこを食べるのも美雪の美雪たる所以で。衝動のまま殴る愛との対比が鮮明でした。愛がいなければ、あのときたとえはどうしていただろう?
夜の教室での場面は、印象的な目や、存在感のある高い背や、低くて身体中に響くような声、作間くんを構成するあらゆる要素全てが彼を「西村たとえ」にしているように感じました。
このシーンで唯一、作間くんがあまりに突き放す台詞の言い方は自分にはできないと監督に言ったそうですが、結果として私ははっきりと拒絶されるよりも憐れみの目で見られる方がずっとつらく、愛にとって望むものとは真逆の反応であったと思うので、あの台詞の冷たさとは裏腹のたとえの愛に言い聞かせるような話し方に、言葉が愛を通り抜けて私に突き刺さるような思いでした。
そして終盤の折り鶴のモニュメントの前でのシーン、たとえにとって愛の行動は理解し難いものであったけれど、美雪のことも一緒にいるからと言ってすべて理解できるわけではない。たとえにも、美雪にも、愛によってひらかれた感情がある。
あのシーンがあったおかげで自己完結の、決して叶うことのないこの恋にもひとつの終着点を見出せた気がして、私はもやもやというより最後はむしろすっきりしました。
私の恋愛志向はたぶん一般的なものとは違うので視点が違ったかもしれないけど、私にとって恋愛は「ひとりでするもの」なので、そういう意味で愛への共感が強かったです。
好きな人に恋人がいることを知ってその恋人に近づいていく愛の行動が理解できないって人が多いと思うけど、私からすると愛がたとえの気を引こうとしてその恋人に手を出したり、たとえに拒絶されたときの感情をそのまま美雪にぶつけたり、自分の感情を自分の行動で発散するやり方の方がよほど理解できると感じるところがありました。
撮影中のエピソードで印象的なのは、約2週間地方での撮影で東京に帰りたいと思わないように、泊まっているホテルのいいところを見つけたり、川で石を投げて遊んだりしていたこと。コットンキャンディのアイスを食べていたこと。寂しくなってメンバーにテレビ電話したこと。短い期間とはいえメンバーから離れて、もっというとアイドル業からも離れてのお仕事は心細かっただろうと思いますが、それも数年後に振り返れば映画初出演のときのかわいらしいエピソードになるんだろうなと思い記録しておきます。
最後に、私はアイドルのほんとの姿なんてなんでもいいんだけど、でもやっぱり作間くんを初めて見たときの雰囲気、瞳の温度感、本当は作間くんにも怒りとか諦観があるのではないかと、アイドルをしている時はそれを隠すため仮面をかぶっているのではないかと思っていたところがあって。でもたとえを演じる上での作間くんの葛藤や考えを聞くほどに、本当に心穏やかで争いごとを好まない、明るくかわいらしい作間くんがほんとにほんとの、作間くんなんだろうなといまさらしっくりきたりもしました。